ウィキメディア財団 年次計画/2022-2023/安全と包摂性
外部の脅威が増えても守る。
偽情報および有害な政府規制から関係者とプロジェクトを守ります。運動全体で組み込みボランティアに安全と包摂性を提供します。
地政学でも経済的にもこれほど不確実な状況が高まった現在、世界はこれまで以上に品質が高くて十分に信頼できるフリーな知識を求めています。ところが、ウィキメディアのプロジェクト群とコミュニティは過去20年超にわたって繁栄してきたのに、法規や政策環境もまた急速な変化の時期に入りました。プロジェクトを形作るコミュニティも、そのコミュニティが作成し共有するコンテンツも、新たな課題と脅威に直面しています。
ボランティアは世界中で知識の格差を埋め、プロジェクト群に関する情報の質と正確性を向上させており、当然、その誰もが安全だと感じ、歓迎されている、尊重されていると感じるべきです。人々にはどうすればプロジェクトに安全に貢献できるか示す法的枠組みが必要であり、またフリーな知識として利用できるコンテンツは可能な限り広範であるように、財団の努力で保証するべきです。
この目標を支えようとする当財団は、ウィキメディアのプロジェクト群とコミュニティを外部の脅威から保護し、フリーな知識に貢献する環境を前進させ、コミュニティの自己統治とリスク軽減の取り組みを支援しようと目指しています。
私たちのコミュニティは、プロジェクトの存続と繁栄を可能にする法律と規制の枠組みに前例のない課題を突きつけられ、フリーな知識に迫る誤った情報と偽の情報という脅威は、大量の 偽情報を生成して広める能力がある機械学習ツールによって悪化しつつあります。ボランティアの安全は、政府の介入と検閲に脅かされています。
来年はローカルの能力強化に協力して、コミュニティの繁栄をもたらす政策や法律の提唱に役立てます。来年は、 私たちは、プロジェクトに影響する法律や規制の改定に適応できるように、コミュニティを支えます。ボランティアと協力して、誤情報や偽情報を追跡し対処します。私たちは信頼と安全プロセスの強化に取り組みます。そしてコミュニティの自治強化の努力を支援します。
プロジェクトを外部の脅威から保護する
法令
私たちは今年、オンラインのプラットフォームのホストに焦点を当てた法律や規制が追加されると予想しています。新しい法律や法律案の多くは、その対象をウィキメディア財団やコミュニティとしていないため、私たちは規制当局を支援してウィキメディアのコミュニティの仕組みを理解してもらい、その結果、起草される法律がコミュニティと私たちの価値を保護するように持っていくことができます。それでもなお、いくつかの法律案は画一的なアプローチを採用し、大規模な商用プラットフォームを念頭に置いて設計されました。ウィキメディアのモデルを考慮に入れない法律は、意図的であるかどうかに関係なく私たちのプロジェクトとそれを構築する人々に有害な結果をもたらすかもしれません。
ここでは、この課題への取り組み方をいくつか例として紹介します。法規は年間を通じて予期しない時に改定される場合があり、したがって以下の一覧は包括的ではありません。
- 新しい会計年度には利用規約の改定案を実装する予定で、引き続きプロジェクト群を効果的に悪者から保護するのに役立つよう、「利用規約」に当財団の法令順守義務を確実に反映させます。
- 欧州連合のデジタルサービス法(DSA)という重要な新法を詳しく調べ、EU居住者にサービスを提供する者を全て対象とするものであり、世界中のほぼすべてのウェブサイトに適用され、プラットフォームをホストする仕組みに変更を迫る法律です。特筆するならDSAに基づく法的な要請の新しいプロセスと、その処理と報告の経路と手順を監視し、コミュニティを混乱や悪意のある削除要求から保護するため援用します。
- アメリカ最高裁判所の訴訟を注意深く監視し、これには ゴンザレス対Google裁判※1ならびにNetchoice v. Paxton※2の判例を含みます。これら2つの事例はユーザー生成コンテンツをホストする者に関する法的規則を大幅に変更する可能性があり、財団ばかりか個々人のウィキペディアンにもリスクをもたらすかもしれません。コンテンツの削除やユーザーへの危害を及ぼす新たな訴訟が発生した場合、私たちはプロジェクトの弁護に取り組んでいきます。また、前述の判例に照らし、提案されるかもしれない立法のオプションも検討します。(※:1=Gonzalez v. Google。2=Netchoice v. Paxton)
- 財団グローバル・アドボカシー・チームは提携団体と協力して、ウィキメディアのモデルを議員に教えて導き、さらに私たちのモデルを考慮しない過度に広範な法律の潜在的な影響について説明します。私たちはボランティアと協力して、地元の能力を構築しコミュニティの繁栄に必要な法律と規制の枠組みに対する前向きなビジョンを推進します。
偽情報
ウィキメディアのプロジェクトは世界中で信頼できる知識の源であるとますます見なされるようになったため、一部の政治家や政府は主流メディアやSNS(ソーシャルメディア)の偽情報キャンペーンを通じて、ウィキペディアの信用を意図的に失墜させようとします。プロジェクト自体のオープンな性質により、私たちは国境を挟んだ政府と政治運動が関わる情報戦争に対して脆弱です。2020年版財団全域の人権影響評価では、プロジェクトのキャプチャと操作が重大な人権リスクであると指摘されました。それ以来、人権チームは一方で標的を絞った監視と、偽情報の訂正に取り組む編集者に対する物理的な脅威を追跡してきました。他方、偽情報に対抗すると主張する政府の規制には、しばしば監視と検閲の権限を強化する措置が含まれています。
2023−2024年次計画では偽情報によって引き起こされる使命やコンテンツや人々への脅威について、財団内の全域で協調し世界中のコミュニティと力を合わせて、次のようなさまざまな方法を用いて対処します。
- 権限を預かるボランティアの皆さんと協力し、研究成果とパートナー関係の支援を受けてオンウィキの偽情報を特定する調査を強化します。
- 機械学習の透明性と使用の説明責任を含め、偽情報を特定して対処するボランティアの取り組みに役立つモデレーター・ツールを強化および拡張します。
- 典拠の信頼性を高める取り組みを支えます。
- 技術的な改善を実施して、ボランティアのオンウィキの安心安全と個人情報保護を強化し検閲から保護し、コミュニティ自らを効果的に統治し、能力を強化して偽情報と人権リスクに対処するように働きかけます。
- 編集システムとツールに技術的な変更と革新を実装する際に、リスク評価と人権の注意義務および努力※を強化して、意図しない結果を予防します。(※=デューデリジェンスとは、企業や組織に要求される当然に実施すべき注意義務および努力。due diligence)
- 地域社会で偽情報に対抗するために働く役務者やその他の主要な自治関係者や関連団体の間で、情報、戦術、およびリソースの共有をサポートおよび強化します。
- コミュニティと協力して政策立案者にウィキメディア・モデルについて教え、どのような種類の法律や公共政策が偽情報と闘うボランティアの能力を保護し支援できるかを理解してもらうようにします。
ウィキ上の誤情報※に対抗することはボランティアの中核的な仕事です(※=不正確ではあるが誤解を招こうと故意に意図しない情報)。2023−2024年次計画の最優先事項は、ボランティア活動を支援してウィキの精度を向上させることです。製品部門および技術部門の業務に加えて、ボランティアをサポートするリソースを複数のチーム(信頼安全、パートナー関係、調査研究など)から提供して情報源の信頼性を向上させ、特定のトピックに関してオフウィキの誤情報のパターンを特定できる専門家とコミュニティを結びつけます。グローバル・アドボカシーは、誤情報を削除するボランティアの法的権利を保護しようと、コミュニティが取り組む法案の提唱を支援します。法務部門は必要に応じて、法廷でボランティアの権利を擁護します。
誤情報と偽情報に対抗する最善の防御策とは、強力で多様で安全で十分に支持を集め、知識の格差を埋めるたコミュニティです。 これらの格差には、ウィキメディア運動で歴史的に疎外されたグループや過小評価されてきたコミュニティに関して情報が欠落していることがよくあり、フリーな知識に貢献する環境はそれがあるからこそ非常に重要です。
フリーな知識に貢献する環境を整備する
私たちの法務およびアドボカシー業務の一環として、私たちは脅威や問題から身を守るだけでなく、運動の法律と規制の環境を安全で包括的な貢献に適するように調整する方法を探しています。この作業には次のとおり、複数の例があります。
- ウィキメディアのプロジェクトと運動の参加者を保護し、すべての人が権利としてプロジェクトにアクセスして貢献できるよう促進する法律と規制を提唱します。そのような法律は国際人権基準に沿って、表現の自由と個人情報保護を強力に保護しなければなりません。
- パブリック・ドメインの考え方を明確にして拡張する有効なテスト事例を探し、名誉毀損と忘れられる権利の問題の明確な理解をさらに進めて、プロジェクトに貢献するにはどんな種類のコンテンツが安全か、世界中のさまざまな場所でユーザーが理解するように役立てます。
- 利用規約更新後、プロジェクト群の文章部分についてクリエイティブ・コモンズ表示 - 継承 4.0 国際(CC BY-SA 4.0)ライセンスを展開します。これによりプロジェクトのライセンスをクリエイティブ・コモンズの最新版に引き上げると、ウィキペディアをさらに安全に再利用しやすくして、国を超えて新しい貢献が実現するようになります。
- 著作権改革を提唱する提携団体や同調者(アライ)の活動に賛同して調整し、フリーでオープンなライセンスの採用を法律で保護し支援することを保証します。
影響とリスク軽減のためコミュニティの自治を支える
私たちの最大の強みとは、コミュニティと協力してプロジェクトを建設的に前進させる点であることに間違いはありません。クラウドソーシングの力と敏捷性がウィキメディア運動の基盤であり、信じられないほどの影響を及ぼすことができる私たちの強さとは、一方でコンテンツの豊かさと深さであり、他方で方針の作成と施行に当たって変化を和らげたり変更を評価したりすることにまで至ります。 クラウドソーシングに立脚した私たちの自律は私たちのプロジェクトのリスクを軽減する重要なメカニズムとして働き、職員だけの純粋なモデルよりもはるかに機敏で、サイトの法律遵守を保つだけにとどまらず、ウィキメディア運動の調整では避けて通ることのできない、複雑な評価という課題も取り扱えます。
委員がほぼ全員ボランティアである、またはかなり多い委員会とは、私たちが自律(self-governance)を保つ方法の1つです。そのような委員は多様な経験と視点をもたらし、私たちの運動が国際的であり、それが主要なワークフローに確実に反映する助けとなります。私たちが(資金配分委員会を除外して)組織統治委員会と呼んでいるものがきちんと機能するかどうか、運動そのものの成功にとって不可欠なのに、それぞれの委員は役務を引き受けてもボランティアのままです。委員の多くは役務に使える時間も、成功に欠かせない分野の研修に費やす時間も限られていて、また中には私たちのシステムの不正使用を減らす業務をしているせいで個人的に脅威に直面する人もいます。そういう人たちを助けることこそ、私たちの本分です。
私たちは組織統治の主要な委員会を補佐し、研修から管理業務まで委員会のニーズに合わせたさまざまなサービスの調整と提供によって、委員会の成功を強化します。私たちの責任のあるサポートには以下を含みます。
- 運動憲章起草委員会は、運動憲章の作成全体を通して役割と責任、意思決定プロセスの理解の共有において、運動の利害関係者を複数のレベルで調停できるものとします。
- 提携団体委員会は、財団が提携団体に寄せる支援の新しい戦略に対応。
- 選挙管理委員会は、次の理事会選挙をより適切にサポートする準備として新しい覚え書き(手順)と取り組み方を採用。
- まったく新しい構築委員会を設けて、批准されたばかりのユニバーサル行動規範執行ガイドラインに規定されたユニバーサル行動規範委員会(U4C)の土台を築く。
- 財団が連携する他の複数の委員会があり、事案評価委員会、オンブズ委員会、複数のNDAを保持する調停委員会、スチュワードも対象。
私たちの目標はいずれの場合も自己統治モデル※を維持することであり、これらの委員会がその機能を最大限に発揮できるように支援し、各委員会の種別に適した独立性の程度を守ります。(※=self-governance model)